murmur **

君想い、午後3時の白昼夢

東京に恋をする

わたしは、あの人のこと、たぶん好きじゃなかった。
思い出は美化されるって言うけど、楽しかった記憶があまりにも浮かばなくて笑える。
でもそれは決して悪いことではなくて、それなりに心地よかったから一緒にいた。
ただそれだけのこと。

人は、好きと依存を間違えることがあるらしい。
寂しさで付き合うのがダメって言われるのはきっと、
その人のことを本当に大事には出来ないからだ。

好きな人がいた方が毎日楽しいからなんて、自分勝手で恋に恋してるだけ。
あの頃だって、生ぬるいミルクティーみたいな時間が淡々と続いていた。

毎日連絡を取っていたのがもう遠い昔のようで、
男は別フォルダに入れて、女は上書き保存するっていう
薄っぺらい表現に妙に納得する。

好きとか嫌いとかいろんな言葉をぶつけていたあの頃。
わたしなりにひたむきで、一生懸命だった。

だって、好きでいたかった。大事にしたかった。
好きだと言われたかった。大事にされたかった。
でも、やっぱり誰でもよかった。

悲しいくらいに、人は残酷だ。

もしかしたら、高校生だった時のことを思い出すように、
たまにあの人のことも思い出すかもしれない。
そこに愛とか憎しみとか、そういう言葉は全くなくて、
ただアルバムを開くように無機質に思い出す。
冷たいのかな、きっとそんなもん。
人の感情なんて、そんなもんだ。

あの人といるとよく迷子になったけど、わたしはもう道には迷わない。
夢見る少女の時代は終わった。
やっと見つけたんだ。

わたしの好きな人は、東京にいる。
きれいな思い出も、ばかな過ちも、ぜんぶぜんぶ飲み込んでしまうような、そんな恋。
会った瞬間この人だって思うとか、そんな感覚が本当にあるなんて思ってもみなかった。

初めて2人で会った夜、丸の内駅舎がキラキラ輝いて見えた。
ビルを眺める横顔がただ愛しかった。
好きな人といると、何か足りなかった日々がぱっと明るくなって、自分のことも好きになれる。
心の底から人を好きになるって、こういうことだった。

人は弱くてもろいから、時に寂しさにすがってしまうけど、
本当の恋を見つけた時、強くなる。

わたしはもう逃げない。

あの人との思い出は冷蔵庫に入れておこう。
早く好きな人に会いたい。